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「惜別感無量」 ~ 島原と大宮を結ぶ熱いレール

 2011-01-04
一号機関車_06



「1号機関車」の動輪。

情熱のレールを今も走り続けているような力強さ



今日も大宮の鉄道博物館から。

鉄道博物館の1階、ヒストリーゾーンへ入るとすぐに目に入るのがこの機関車。


一号機関車_01


明治4年(1871年)、英国で製造された蒸気機関車。
翌年の日本での鉄道開通(新橋~横浜間)に向けて輸入されました。

ズバリ、1号機関車と呼ばれています。(後に、150形)


そして今から100年前の明治44年(1911年)、九州の島原鉄道へ譲渡されました。


一号機関車_10.(島原鉄道)


現在の島原鉄道です。
(長崎県諫早市内にて)

二年ちょっと前に、乗って来ました
1号機関車は、ここも走ったのでしょうか。


島原鉄道は、今年開業100周年を迎える長崎県の私鉄。
(会社設立はその3年前です)

島原半島の有明海沿いに線路が延び、諫早駅(JR長崎線と連絡)と島原外港駅を結んでいます。


一号機関車_11.(島原鉄道)


島原鉄道を設立したのは、植木元太郎。
安政4年(1857年)現在の雲仙市に生まれ、後に政治家・実業家として活躍した人です。


長崎県立長崎図書館のホームページに、植木元太郎の履歴書(抄)がPDFで公開されています。
(本人直筆のものをベースに作成されたもの)
こちらです  こちらをクリック(PDFです)


一号機関車_07


この履歴書、読んでみるとなかなか面白いものでして...(^^)


植木元太郎という人、政治活動と同時にかなり鉄道に熱心な人だったらしく

  其後 自分自ラ鉄狂斎ト称シタルコトアリ
  (明治三十八年)

と書いているほどです。 
元祖・鉄ちゃんと呼ぶべきか?(笑)
もっとも鉄ちゃんと言ってもこの人の場合、「創鉄」とでも呼べばいいのでしょうか(^^;


日清戦争直後、戦勝景気に湧く社会を背景に、長崎県では三つの新鉄道会社設立の動きがありました。
有明鉄道、長崎鉄道、そして島原鉄道。

三社が同時に免許申請を行ったので「争願」となります。
そして三社は合体し、植木元太郎も参加し有明鉄道として仮免許が下りたものの、しかし、これは結局途中で挫折してしまいました。
(今回、その理由までは分かりませんでした(^^ゞ)


一号機関車_02


明治36年(1903年)、今度は軽便鉄道の設立を企画するも、今度は日露戦争の勃発によって頓挫。

しかし元太郎はそれでもめげずに、鉄道敷設運動に尽力します。


  此上ハ 其目的ヲ貫徹セサレハ止マサルノ 一大決心ヲ固メタリ
 (明治三十八年)


という強い決意の元、ついに明治41年(1908年)、島原鉄道を設立するに至ります。
(鉄道免許を得たということですね)

その3年後、当時の鉄道院から「1号機関車」を譲り受け、めでたく島原鉄道が開業しました。


一号機関車_03


元太郎は、その後も「温泉(雲仙)鉄道」の設立など、周辺の鉄道整備に力を注ぐのですが、現在も残っている鉄道は島原鉄道のみのようです。
↑イマイチあやふやです(^^ゞ

ところで、元太郎の履歴書を読んでいて、最後に一つ気になったのは、昭和2年(1927年)のところに書かれている...


  温泉登山アプト式鉄道敷設発起人トナリ願書提出 許可ヲ受ク


元太郎は、雲仙岳にスイスの登山鉄道のようなラックレール式の登山列車を走らせようとしていたのでしょうか?
そしてこれは果たして実現されたのでしょうか?

今回、その詳細が分かりませんでしたので、機会があれば是非調べてみたいと思います。
でもどうやって調べればいいのかな?(^^; 雲仙観光協会にでも聞いてみましょうかね...


一号機関車_05


さて、1号機関車は、その後、これは貴重な機関車だと言うことで、保存するために島原鉄道から返してもらうことになりました。
この交渉にも、おそらくいろいろな経緯があっと思います。

昭和5年(1930年)、島原鉄道社長の元太郎は、自分の思いを込めたプレートを1号機関車に取り付け、国へ機関車を引き渡しました。


一号機関車_09


これがそのプレート。

文字は、元太郎の自筆ということです。


長年の苦労が報われ、ようやく実現できた島原の鉄道。
そこを真っ先に走り、地元のために活躍してくれた機関車。
別れるにはあまりにも惜しい...そんな思いと愛情が伝わってくるような筆跡です。


一号機関車_08


結構大きなプレートです。
ボディーと共に、今はピカピカに磨き上げられていますよ


1号機関車は、平成9年(1997年)、国の重要文化財に指定されました。


一号機関車_04


鉄道博物館では、日本最初の駅・新橋駅のホームを再現した展示となっています。


文明開化の象徴として、「汽笛一声 新橋を~♪」

そして、九州の「鉄狂斎」の熱い熱い思いも、ぜひここで感じて欲しいと思います(^^)

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コメント
saraさん、こんばんは。
以前、諫早で島原鉄道に乗った時は、この1号機関車とは全く結びつきませんでした(^^ゞ
(後になって知りました)
それで、改めて今回じっくりと見てきました。

長崎図書館HPの↓ここに、いろいろな資料の目録(リンク)があります。
http://www.lib.pref.nagasaki.jp/library/today.html
(履歴書のリンクのこの中にあります)
自筆の履歴書というのも、ぜひ見てみたいと思いました。

アプト式の鉄道...どんな計画だったのでしょうね。
想像しただけでワクワクしますね(^^)
改めて、島原鉄道に乗って旅をしてみたいなぁ~と思います♪
【2011/01/06 20:50】 | ベルニナ →saraさん #- | [edit]
こんにちは
実は、ずっと前から 1号機関車の「惜別感無量」のプレートを見たいと思っていました。
植木元太郎さんは、1号機関車への思い入れがとても強かったのですよね。機関車への感謝の気持ちを込めたこちらの文字を見ていると、胸が熱くなってきました。
きっと、我が子のように可愛がっていらっしゃったのではないかと思います。
お別れの時は、本当に寂しかったでしょうね。

一つ、驚いたのが、もしかすると九州にもアプト式の鉄道が・・・??
実現していなかったとしても、そのような計画があったということですよね。
この件は、私もとても興味があります。(今度、調べてみたいと思います。)

美しいお写真と心温まる記事に感動しました。
そして、島原~大宮・・レールは、関門を越えてつながっているんだな・・そう思いました。
【2011/01/05 09:42】 | sara #ls0kNZmc | [edit]












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